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かたらんラウンジ

起業を目指す現役生命保険コンサルタントが価値観やモチベーションについて考えたことを整理して語らんとするブログ

#4 奪う行為について考える/世界から猫が消えたなら

かたらんです。

 

今日は自分にしては珍しく小説を読んでみました。普段はなかなか小説って読まないんですが、『世界から猫が消えたなら』という川村元気さんの本に挑戦です。

小説も猫にどちらかというと苦手意識がある組み合わせですw

 

前に一度奥さんに借りて読んだことがあるんですが当時はそういう気分じゃなかったみたいであまり印象に残らなかったんですが、急にふと気になったのでまた借りました。

 

人間は何も失わずに、何かを得ようとする。でもそれは奪う行為に他ならない。だれかが得ているそのときに、だれかが失っている。だれかの幸せは、だれかの不幸の上に成り立っているのだ。

 

物質の総量は同じだということを考えると、地球上の幸せの総量っていうのも変わらずに結局その限られたパイの中で奪い合っているだけなのかもしれないな、と思うに至りました。「奪う」っていう意識って意外と持ってない人が多いなと思うんですが、僕らはお客様が自分で気づいていない潜在的な「こうしたい、ああしたい」っていうのを探るのが仕事です。それを保険を使ってどう実現するか、ということをお話させてもらうんですが、これは極端でもなんでもないんですが、この時間って相手の命を奪っているっていうことですよね。人と話をする、お茶をする、電話をするっていう普通だと何も考えずに素通りしてしまうことは、人の時間を頂いている、すなわち「人の命を奪っている」っていうことだと思うんです。

 

だから相手の時間っていうのは強く意識しないといかんなと思うわけです。

 

何か新しいことを覚えようと思うと、何かひとつ忘れるのかもしれないし。記憶の総量も変わらないものなのかもしれない。世の中は結局相対的な価値観で動いているんだなと思うと共に、自分の人生において自分の「絶対」の尺度をちゃんと持たないといけないな、と改めて思いました。

仏教でも人間の最終目標は「絶対の幸福」にたどり着くことだと述べられていますが、まずひとつ「絶対」の尺度を持とうとすることから目標設定とかも始まるのかもしれませんね。誰に気を使うでもなく「自分が絶対にこれやりたいんだ」ということから出発しないと、自分がブレちゃいますから。

 

他人の時間を奪って、自分は世界に何ができるのか、ちょっと考えてみるのもいいんじゃないでしょうか。

 

世界から猫が消えたなら (小学館文庫)

世界から猫が消えたなら (小学館文庫)